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2024.02.16

ハンドメイド作家NOTE

日本の伝統刺繍である「刺し子」で、テキスタイルのような作品を発表されている刺し子作家のAYUFISH int. さん。
表現者としてのルーツや海外の文化、サイエンスの領域に身を置かれたご経験からくる、唯一無二の世界観を持つ作品を生み出す秘訣についてインタビューをさせていただきました。

stores https://ayufishint.stores.jp
Instagram https://www.instagram.com/lastie.g/
―はじめに、元は会社員で宇宙関係のエンジニアでいらっしゃったということですが、手芸を始めたきっかけについて教えてください。
はい。会社員だった10年間は、仕事が忙しく土日もぐったりしていたので、手芸という発想がなくて、針を持ったことすらありませんでした。
でも、もともと子供の頃から「ものづくり」はすごく好きでした。
幼少期を過ごしたアメリカのカリフォルニア州では、クリエイティブな授業がとても多かったんです。例えば、ネイティブアメリカンの図柄の小さなサンドアートや簡単なウィービングに挑戦したり、あと日本のイモ版のようなリンゴで作る「リンゴ版」に挑戦したり、フェルトでパペットを作ったり。それと、当時住んでいたアメリカの家の近くにはホームセンターのように大きな手芸店 があって、何か作りたいと思ったらそこに駆け込めばなんでも材料が揃うという環境で、その影響も大きかったんじゃないかなと思います。
手芸を始めたのは、母の影響が大きいです。母は元々服飾系の学校に通っていたということもありますが、母親たちの世代って浅く広く手芸ができますよね。母も編み物や刺繍、ビーズなど、ひと通りの手芸をやっていて常に何かを作っている姿を身近で見てきました。
それもあって、私も小学生の頃には針を持って簡単な並縫いからスタートしたのが始まりです。あとは、編み物なんかも小学生くらいに誰もがチャレンジするようになりますよね。私もそんな感じで小学生の頃にマフラーを作ったりしました。
ですが、その後大人になるまでは手芸からは少し離れてしまって、先ほど言ったようにそれから数十年は針を持つことはありませんでした。
―では、そこからまた針を持ち始めた時期はいつごろでしょうか?
エンジニアをしていた会社を退職しまして途端に時間ができたのがきっかけです。
その時にちょうど母親が刺し子をしている姿を見て、時間もたっぷりあるし、ちょっとやってみようかなって思ってやり始めたのが刺し子のスタートですね。
―では、その時お母さまが編み物をされていたら編み物作家になっていたかもしれない?
どうですかね…。でもテキスタイルが好きなので、やっぱり布ものだったと思いますね。他に何かやっていたとしたら刺繍だったかもしれない(笑)。
―刺繍だったかもしれない! どちらに転んでもきっと素敵な作品になっていたと思います。作家活動のきっかけは何でしたか?

実際に始めてみると、ただ縫うだけではなくて、材料や技法、デザイン図案などとても奥深い世界ということに気付いて、そこからはもう夢中で、のめり込んでいきました。
最初は、図案がプリントされたキットからスタートしたんですけれど、だんだん自分でデザインを考えるようになって、作りためた作品をハンドメイドのネットショップで売り始めたのが、作家のスタートということになるかな。

―影響を受けた人物・出来事についても伺いたいのですが、やはりお母様の存在が大きいでしょうか?
そうですね。一番影響を受けたという意味では母ですね。
母は「他の人と同じは嫌だ。」というタイプの人で、独創性が高くて複雑なものを作るんですが、そういう部分はすごく影響を受けたと思います。
私も独学からスタートしたということが、今の少し奇抜なスタイルになったという感じかもしれませんね。
あとは、私はテキスタイルがすごく好きなんです。そういう意味だと、テキスタイルデザイナーの脇阪克二さんに大きく影響されました。この方は、マリメッコでご活躍されていた日本人のテキスタイルデザイナーです。我が家には私が子供の頃から脇阪さんのデザインを含むマリメッコの布がありました。3、40年前のことなので、まだ日本では珍くてなかなか手に入らなかったと思いますが、その当時、両親が海外に住んでいたこともあって、珍しいテキスタイルの生地を買ってきては子供部屋のカーテンやベッドカバーなどにしてくれたんです。
そういう手作りのものが身近にあって、それを小さな頃から見てきた事が今の布好きに繋がっています。あと、母の実家が元呉服屋だったことも大きいですね。
母親のタンスの中にずらっと綺麗な着物が 置いてあって、それを子供の頃から見てきました。着物や北欧テキスタイルの幾何学模様 や繰り返しのパターンの美しさにとても惹かれて。そこが刺し子のデザインの美しさにも通じるものですね。
―どのような時に作品のアイデアが生まれるかについて聞かせてください。よく美術館に行かれるようですが…。
刺し子に注力する期間はなかなか美術館へも行けないのですが、隙間時間があると展示会や美術館に行くこともあります。そこから配色やパターンの使い方、身近なものをデザインに落としこむ発想などのアイデアをもらうこともあります。あとは、買い物や散歩をしている時など、普段の本当に何気ないことからアイデアが浮かぶことが多いですね。
旅行先で見た風景などからアイデアが浮かぶこともあります。あとは、自分の考えや概念・ 想いのようなものをデザインに落とし込むこともあります。抽象的になるんですが…。
―小さな視点から大きな視点まで、様々な視点で作られていて、大きさや形に囚われない自由自在なデザインだと感じます。
学生時代、宇宙から地球の表面を観測した衛星画像を解析する「リモートセンシング」を学んでいました。その影響もあって、物事を俯瞰的・客観的に見ることが多いなとも思います。全ての経験が繋がっているなって感じますね。
―では、作品作りの楽しみや逆に苦労されていることはありますか。
図案や配色は、私が自分でデザインして決めて、自分の頭で構想したものが世に初めて誕生する瞬間に立ち会えることが、デザインを考える人の特権だと思っています。
刺し子は、生地を裁断するところから水干しするまでのプロセスがあります。その中でも、刺している時はデザインが具現化される瞬間でもあるので「早く完成が見たい」って思いながら刺しているんです。その瞬間はいつも楽しいです。
―「世に初めて誕生する」というのは、作品が完成した瞬間でしょうか?
いえ、刺しながら徐々に徐々に模様が浮かび上がってくるその瞬間瞬間、そこがワクワクする時ですね。
 
―「誕生の瞬間」は、何度もあるということですね。
ブログで、刺し子が出来上がるまでのプロセスが書いてあるページを拝見しましたが、ひとつひとつのステップを踏むことをとても大切にされていると感じました。
まさに、そうしたプロセスひとつひとつが、全て「誕生」で楽しみなのですね。
図案がプリントされたキットは、初心者にとっては手軽でとても良いと思いますが、 経験を積むと、最初の真っ白なさらしの状態から、手間とステップをかけて刺していくことが刺し子の醍醐味でもあると思うんです。私の場合は、デザインを考える時は、落書きみたいなレベルでスケッチブックに描き殴って、次にそれを パソコンで図案化する作業をします。刺し子として成立する図案かどうかというのもすごく大事です。
一筆書きの要領で作れるかどうかっていう観点と「かわいい」と思えるデザイン性、この2つが両立することをいつも軸に据えて作っています。
そういった細かいプロセスも全部含めて全て楽しいです。
−反対に、苦労されている点についても聞かせてください。
無限に楽しめる刺し子といえども、やっぱり縦、横、斜めの線で描いていく幾何学模様が多いので、デザインがワンパターン化しないように作るというのは難しいですね。
―ワンパターンになりがちなところを、いかに打破するかという苦しさでしょうか。
でも、そういう制約があるからこそ、チャレンジングであり奥深いところでもあります。「シンプルだけど奥深い」というのは、そういうところですね。
―その制約がある中で、作品に個性が現れるのがすごいと思います。テキスタイルのようなものを感じる部分で、すぐに「AYUFISH int.さんの作品」って分かるんですよね。
母が「他の人と同じは嫌だ。」と言っていたところを私も多分に譲り受けていると思います(笑)。今は「自分にしか出来ないことをしたい」という想いが強いです。
―オリムパスの素材について、感じていることを教えてください。
「刺し子」というものを広げるには、メーカーさんの存在ってすごく大きいと思っています。そんな中でもオリムパスさんは、図案がプリントされた布や刺し子の糸の色や太さのラインナップを少しずつ増やしていて、それ以外にも刺し子グッズも展開されていて、気軽に始めたい方に対して、とても心強いなと感じています。
私自身も、実は初めて刺し子をしたのは、オリムパスさんの「十字花刺しの花ふきん布パック」だったんです。
―いきなり一目刺しの大作から!
私、挫折しちゃったんです(笑)。
すごく緻密な柄で、挫折して半年ぐらい寝かせてまた再スタートしました。
インターネットが主流の時代ですが、やっぱり手芸店で商品の実物や店員さんが作った見本を直接見て買える環境って、とても大切だと思います。私もキットを作って販売しているので、製品を安定した品質と量で供給して流通させるっていうことが、どれだけ大変なことか実感しています。そういった中で、刺し子の材料が当たり前に手に入るという環境を整備して維持されているオリムパスさんは、私は一消費者としてありがたい存在だなと感じています。 今後も、新商品の開発を通して刺し子界を盛り上げていただきたいなと思っています。
―責任重大!メーカーとして刺し子界を盛り上げられるようにがんばりたいと思います。
最後に、将来の夢や目標などありましたらお聞かせください。
メーカーさんがキットを作ってくれたり、出版社さんが書籍を出版してくれたりという影響もあって、最近は刺し子は手芸として、すごく認知されつつあり、手芸店だけではなく身近な媒体にも、「刺し子」という文字を見かけると、とても嬉しい気持ちになります。とは言っても、刺繍や編み物に比べると、世界的にもまだまだな部分もあるので、もっと刺し子の裾野を広げられたらいいなという漠然とした思いがあります。
入り口はなんでもいいんです。伝統的なところから入ってもいいし、私のようにテキスタイルが好きという部分から入ってもいいと思います。入り口に入ってしまえば、きっと楽しさは伝わりますし、 さらに、伝統模様や技法についてなど、みなさんが興味を持ったら、それぞれご自身で深掘りしていくんじゃないかと思っています。だから最初のキャッチするところ、 そこを私が何か貢献できたらいいなというふうには思いますね。
少しおこがましいですが(笑)、刺し子の世界を盛り上げる一端を担えたらっていうのは、いつも思っています。
―本日のインタビュー、本当にありがとうございました。
刺し子作品が完成する瞬間だけでなく、プロセスの全てそのものを楽しんでいると語ってくださったAYUFISH int. さん。
その一工程、その一刺し、制作する瞬間瞬間が楽しくて作家としての喜びを感じるという言葉が印象的でした。
ものづくりのルーツや、これまでの人生のご経験、すべてが繋がって現在の作品作りに活かされているということが伝わってきました。
これからも、さまざまなエッセンスを内包したAYUFISH int. さんらしい、新しい刺し子の世界を作り出してくれそうな予感でいっぱいのお話でした。
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